歴史

歴史

まだ戦争の傷跡が癒えない佐世保の地に中国から引き揚げてきた八木秀義。

自分の人生は自分で切り開くしかなかった時代に、夫婦が佐世保の一角で小さなお店を始めました。

そこでは秀義が中国で食べた味が忘れられなかった餃子と包子を、妻であるヒサ子が再現しました。それが天津包子舘の始まりです。


二人は誰もがお腹をすかせていた時代だからこそ、おなかいっぱいになれるように、独自のアレンジでうんと大きなサイズの餃子を作りました。


これまで見たこともない大きさ、お肉たっぶりの具、もちもちの皮、そしてアツアツ、パリッとした焼き上がりはたちまち佐世保っ子の評判に。


それから60年弱の時を経て、2代目、3代目の時代になった今も、脈々と受け継がれる、佐世保の人間なら一度は食べたことのある味。それはふるさとの味、ソウルフード(魂の食事)とでも呼べるまでに浸透しています。


佐世保・じゃんぼ餃子

歴史


歴史